チャールズ・チャップリン、ハロルド・ロイドと並んで世界の三大喜劇王と呼ばれるアメリカの喜劇俳優バスター・キートンの短編映画『キートンの鍛冶屋 (The Blacksmith, 1922)』をご紹介。
本名はジョセフ・フランク・キートン。芸名の由来は、高名な手品師のハリー・フーディーニに「My,What a Buster!(なんて頑丈なんだ!)」と言われたことから。両親とも舞台芸人で、1899年に親子による「キートン3人組」として当時わずか4歳ながらも初舞台に立つ。
キートンの芸風は、体を張ったアクションとギャグが最大の特徴。体を張りながらも無表情で一途な役柄を特徴としていたことから「偉大なる無表情」と呼ばれる。命懸けのアクションにも関わらず喜怒哀楽を表情に出さないそのギャップが、笑いへと昇華し多くのファンに愛されました。
Best of Buster Keaton’s greatest stunts 🤸
バスター・キートンの影響を受けて芸名に取り入れた方も多くいます。その中で2名の方をご紹介します。
昭和期の喜劇俳優を代表するひとり益田喜頓(ますだきいとん、1909~1993)さん。芸名はもちろんバスター・キートンのもじり。1930年に吉本興業(東京吉本)に入社し、「花月劇場」でショーに出演する。そして、川田義雄、芝利英、坊屋三郎と「あきれたぼういず」を結成。クラシック、ジャズから流行歌まで様々な替え歌やナンセンスギャグ、パロディなどで一世を風靡する。
芸名の由来は、幼少期は裕福な家庭で過ごすも、父親の代で事業の失敗などで貧しい生活が続く。その頃から喜劇映画が好きで、特にバスター・キートンの大ファンであったため、仲間からもキートンのあだ名で呼ばれていたそうです。
ナレーターとしての印象が強いキートン山田さん。本名の山田俊司を芸名としていたが再起をかけて改名。当時読んだ本の影響で喜劇役者のバスター・キートンに。そのほかに、学生のころに「聞いとんのか、山田!」と先生に何度も注意されたとことが印象的だったとも答えているそうです。
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