9月25日は何の日?何の記念日?。簡単なエピソードとぽんぷーのイラストを添えてご紹介します。ちょっとした雑学ネタとして、何となく知ってたらいつか役に立つかも?
※面白い記念日が認定されたら追加していきます。
1985年(昭和60年)のこの日、奈良県生駒郡斑鳩町の「藤ノ木古墳」の石室などが発堀された。
Q: なぜこの日が「藤ノ木古墳記念日」なのですか?
A: 1985年(昭和60年)9月25日に、奈良県斑鳩町にある藤ノ木古墳で、それまで未盗掘であった石室の本格的な調査が開始されたことを記念しています。この調査はテレビなどでも中継され、大きな注目を集めました。
Q: 藤ノ木古墳からは何が発見されたのですか?
A: 石室内からは、金銅製の馬具(鞍金具、杏葉、鐙など)や装飾品(冠、沓、刀剣など)が多数出土しました。これらの副葬品は非常に豪華で保存状態も良く、当時の高い工芸技術を示す貴重な資料となりました。特に、透かし彫りが施された金銅製の鞍金具は有名です。二人の成人男性が合葬されていたことも判明しました。
Q: 藤ノ木古墳はいつ頃、誰のお墓と考えられていますか?
A: 6世紀後半(古墳時代後期)に築造された円墳と考えられています。被葬者については、聖徳太子と関係の深い人物(例:穴穂部皇子と宅部皇子、あるいは崇峻天皇など)とする説がありますが、確定していません。法隆寺に近い場所に位置することからも、古代史における重要な古墳とされています。
洋風レストラン「松本楼」が1983年(昭和58年)に命名。松本楼が1971年(昭和46年)に焼失し、1973年(昭和48年)のこの日に再建、新装開店したことを記念して「10円カレー」が提供された。
Q: なぜこの日が「10円カレーの日」と呼ばれるのですか?
A: 東京・日比谷公園内にある老舗洋食レストラン「松本楼」が、1971年の火災による焼失からの再建を果たし、1973年9月25日に新装オープンしたことを記念しています。この日、日頃の感謝を込めて、名物のカレーライスを特別価格の10円で提供するチャリティーイベントを行ったことから、この名前で呼ばれるようになりました。
Q: 「10円カレー」イベントは現在も行われていますか?
A: はい、毎年9月25日には、松本楼で「10円カレーチャリティー」が開催されています(コロナ禍など特別な事情で中止・変更の場合あり)。先着順で通常価格1000円以上のカレーが10円で提供され、その売上金は交通遺児育英会などに寄付されます。多くの人が行列を作る人気のイベントとなっています。
Q: 松本楼はどのようなレストランですか?
A: 1903年(明治36年)に日比谷公園の開園と同時にオープンした、100年以上の歴史を持つ洋食レストランです。夏目漱石や高村光太郎など多くの文人墨客にも愛されたと言われています。緑豊かな公園の中というロケーションも魅力です。
株式会社古裂會が制定。日付は江戸時代の戯作者で「骨董」の語を広く知らしめるべく『骨董集』を刊行した山東京伝が『骨董集 巻之三』に記した日付から。
Q: なぜ山東京伝が「骨董」という言葉を広めたのですか?
A: 江戸時代後期の戯作者であり浮世絵師でもあった山東京伝(さんとう きょうでん)は、古美術品や古道具に対する深い知識と愛着を持っていました。彼は、それまであまり一般的ではなかった「骨董」という言葉を使い、自身の収集品や見聞をまとめた随筆集『骨董集』を刊行しました。これが人気を博し、「骨董」という言葉と、古いものに価値を見出す趣味が広く知られるきっかけとなりました。
Q: なぜ9月25日が「骨董の日」なのですか?
A: 山東京伝が刊行した『骨董集』の巻之三の末尾に、「文化十二年乙亥九月二十五日」という日付が記されていることに由来します。これを記念して、古美術オークションなどを手がける株式会社古裂會(こぎれかい)が制定しました。
Q: 骨董品の魅力は何ですか?
A: 時代を経て受け継がれてきた物だけが持つ独特の風合いや美しさ、作られた時代の歴史や文化を感じられる点、そして希少性などが魅力です。陶磁器、書画、刀剣、家具、民具など、様々なジャンルがあり、収集家や愛好家によって大切にされています。
生活情報紙『リビング新聞』が2009年(平成21年)に制定。日付は、1月25日、5月25日、9月25日の年3回。家事や育児に忙しい主婦がリフレッシュできる日。株式会社ヤクルト本社が制定。日付は、食後の血中中性脂肪の上昇を抑える特定保健用食品(トクホ)の成分「グロビン蛋白分解物」を配合した「蕃爽麗茶」のPRのために、「食(9)後(5)に(2)こ(5)っそり」と読む語呂合わせから。
Q: 「主婦休みの日」はどのような目的で制定されたのですか?
A: 年末年始の忙しさが一段落する1月25日、ゴールデンウィーク後の5月25日、そして夏休みや行楽シーズンの疲れが出る9月25日の年3回、日頃家事や育児、仕事に忙しい主婦(主夫)が、自分自身の時間を持ち、リフレッシュしたり、好きなことをしたりするきっかけの日として、生活情報紙『リビング新聞』を発行するサンケイリビング新聞社(当時)が提唱しました。
Q: この日はどのように過ごすことが提案されていますか?
A: 家族が協力して家事を分担したり、外食や中食を利用したりして、主婦(主夫)が休息を取れるように配慮することが推奨されています。また、自分へのご褒美として好きなことをしたり、ゆっくり過ごしたりする時間に充てることも提案されています。
Q: (※備考)「特定保健用食品の日」について
A: ご提供情報に「特定保健用食品の日」の記載がありましたが、一般的に9月25日は「主婦休みの日」として認知されています。「特定保健用食品の日」は他の日付(例:10月9日「トクホの日」)で制定されている可能性が高いです。ご提示の語呂合わせ「食(9)後(5)に(2)こ(5)っそり」はやや解釈が難しく、9月25日との関連性は薄いと考えられます。
1513年9月25日(または27日、29日など諸説あり)、スペインの探検家バスコ・ヌニェス・デ・バルボアが、現在のパナマ地峡を横断し、ヨーロッパ人として初めて太平洋に到達したとされる日です。
Q: なぜこの発見が重要だったのですか?
A: コロンブスによるアメリカ大陸到達後、ヨーロッパの人々はこの大陸の先に広大な海があることを知らず、「新大陸」がアジアの一部であると考えていました。バルボアによる太平洋の「発見」は、アメリカ大陸が独立した大陸であり、その西側にさらに広大な海(太平洋)が存在することを初めて示唆し、その後の世界地理の認識を大きく変えるきっかけとなりました。
Q: 彼はどのようにして太平洋を発見したのですか?
A: 現地の人々から「南の海」の存在を聞いたバルボアは、探検隊を率いてパナマ地峡の密林や山々を越え、ついに太平洋を望む丘に到達しました。彼はその海を「南海(Mar del Sur)」と名付けました。(「太平洋(Pacific Ocean)」という名前は、後にマゼランによって名付けられました。)
Q: バスコ・ヌニェス・デ・バルボアはどのような人物でしたか?
A: スペイン出身の探検家であり、コンキスタドール(征服者)の一人です。新大陸(アメリカ大陸)に渡り、探検や植民活動を行いました。太平洋発見という偉業を成し遂げましたが、後に政敵の陰謀によって反逆罪に問われ、処刑されました。
* 275年 - タキトゥスがローマ皇帝に即位。
* 1066年 - スタンフォード・ブリッジの戦い。
* 1513年 - バスコ・ヌーニェス・デ・バルボアが太平洋に到達。
* 1555年 - アウクスブルクの和議が成立。
* 1690年 - アメリカ初の複数ページ新聞「パブリック・オカレンシズ」発行。
* 1890年 - ヨセミテ国立公園発足。
* 1915年 - 山極勝三郎が皮膚癌の人工発生に成功と発表。
* 1926年 - 1926年奴隷制条約が署名。
* 1945年 - 世界労働組合連盟 (WFTU) が発足。
* 1972年 - 田中角栄首相が中国を訪問し日中国交樹立。
* 2015年 - 国連総会で持続可能な開発目標(SDGs)が採択。
* 足利義満 (室町幕府第3代将軍、1358年)
* ルイ3世・ダンジュー (アンジュー公)
* フランチェスコ・ボッロミーニ (バロック建築家)
* ジャン=フィリップ・ラモー (作曲家、音楽理論家)
* 乾隆帝 (清第6代皇帝、1711年)
* フリードリヒ・ヴィルヘルム2世 (プロイセン王)
* 秋月種徳 (日向国高鍋藩主、1763年)
* 石原忍 (医学者、眼科医、1879年)
* 魯迅 (小説家、1881年)
* ウィリアム・フォークナー (小説家、1897年)
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