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title: 今日は何の日「12月16日」
date: 2023-12-16T00:00:53
collection: today
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12月16日は何の日？何の記念日？。簡単なエピソードとぽんぷーのイラストを添えてご紹介します。ちょっとした雑学ネタとして、何となく知ってたらいつか役に立つかも？

※面白い記念日が認定されたら追加していきます。

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## 日本の近代製紙業の始まり: 紙の記念日

1875年（明治8年）12月16日に、実業家・渋沢栄一らが設立に関わった「抄紙（しょうし）会社」（後の王子製紙、現在の王子ホールディングス）の工場が東京・王子で本格的な営業運転を開始したことを記念する日です。

**Q:** 紙の日は、どのような出来事を記念していますか？

**A:** 日本で初めて西洋式の製紙技術を用いた大規模な工場（抄紙会社の王子工場）が営業を開始し、国産洋紙の量産が始まったという、日本の近代製紙産業の幕開けを記念しています。

**Q:** なぜこの工場の設立が重要だったのですか？

**A:** それまで輸入に頼っていた洋紙の国産化を実現し、新聞、書籍、雑誌、教育、行政文書など、日本の近代化に必要な紙の安定供給を可能にしました。これにより、情報伝達や文化・産業の発展が大きく促進されました。

**Q:** 渋沢栄一はなぜ製紙業に関わったのですか？

**A:** 渋沢栄一は、日本の近代化には教育の普及が不可欠であり、そのためには安価で良質な紙が大量に必要であると考えていました。彼は、製紙業を国家の発展に貢献する重要な産業と位置づけ、その育成に尽力しました。

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## 多様な働き方を考える: フリーランスの日

クラウドソーシングサービス「ランサーズ」を運営するランサーズ株式会社が制定。日付は、同社がサービスを開始した2008年（平成20年）12月16日にちなんでいます。

**Q:** フリーランスの日は、どのような目的で制定されましたか？

**A:** 特定の企業や組織に所属せず、自身のスキルや経験を活かして独立して仕事をする「フリーランス」という働き方への社会的な理解を深め、その可能性や課題について考えるきっかけを提供するとともに、フリーランスとして働く人々を応援することを目的としています。

**Q:** なぜランサーズ株式会社が制定したのですか？

**A:** 同社はフリーランスと企業を結びつけるプラットフォームを提供しており、フリーランスという働き方の普及と市場の活性化を推進する立場から、自社のサービス開始日を記念日として制定したと考えられます。

**Q:** フリーランスという働き方の魅力は何ですか？

**A:** 働く時間や場所、仕事内容などを自分でコントロールできる自由度の高さ、専門性を活かして高い収入を得られる可能性があること、多様なクライアントと仕事ができることなどが魅力として挙げられます。一方で、収入の不安定さや自己管理能力が求められるといった側面もあります。

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## 「もしもし」が生まれた日？: 電話創業の日

1890年（明治23年）12月16日に、東京市内と横浜市内の間で、日本で初めて公衆向けの電話サービス（電話事業）が開始されたことを記念する日です。東京・千代田区に設置された電話交換局がこの日から営業を開始しました。

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もしもしの由来は「申します申します」から。「もしもし」と電話に出るナマケモノのこどものふにゃまる

電話創業の日：「もしもし」と電話に出るナマケモノのこどものふにゃまる

**Q:** 電話創業の日は、どのような出来事を記念していますか？

**A:** 日本で初めて公衆向けの電話サービスが開始され、人と人とを直接繋ぐ音声通信の時代が始まった歴史的な日を記念しています。

**Q:** 当時の電話料金や加入者数はどうでしたか？

**A:** 電話料金は年間の定額制で、東京が40円、横浜が35円でした。当時の物価からすると非常に高額で、加入者は開業当初、東京で155人、横浜で42人にとどまり、主に政府機関や大企業、富裕層などが利用していました。

**Q:** 電話の「もしもし」という呼びかけはいつから使われていますか？

**A:** 電話交換手がいた時代に、相手に呼びかける「申します、申します」という言葉が短縮されて「もしもし」になったという説が有力です。電話の普及とともに定着していきました。

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## 英雄たちの叙事詩: 念仏の口止め

元禄赤穂事件（忠臣蔵）において、討ち入りを果たした赤穂浪士たちが、主君・浅野内匠頭の墓がある泉岳寺へ向かう途中、亡き主君への供養のためだけに鉦（かね）や太鼓を叩き「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えたという故事にちなむ日、あるいはその泉岳寺での供養に関連する日とされています。（日付の由来や制定経緯は不明瞭です）

**Q:** 「念仏の口止め」とはどのような意味ですか？

**A:** 正確な意味や由来は定かではありませんが、討ち入りという重大な行動の後、赤穂浪士たちが泉岳寺へ向かう道中で、世間の喧騒を離れ、ただひたすらに亡き主君の冥福を祈る念仏に集中した、あるいは他者との会話を慎んだ、といった状況を表しているのかもしれません。

**Q:** 赤穂浪士はなぜ泉岳寺へ向かったのですか？

**A:** 泉岳寺（東京都港区）には、討ち入りの原因となった主君・浅野内匠頭の墓がありました。浪士たちは、吉良上野介の首級（しるし）を主君の墓前に供え、仇討ちの成功を報告するために泉岳寺へ向かいました。

**Q:** 泉岳寺では現在も何か行事が行われていますか？

**A:** 毎年、討ち入りの日（旧暦12月14日）と、浪士たちが切腹した日（旧暦2月4日）には、赤穂義士祭が開催され、多くの参拝者が訪れます。浪士たちの墓には今も線香が絶えません。
