**詳細な説明:**
現在の大阪のメインストリート、御堂筋。その堂々たる姿からは想像もできませんが、かつては幅わずか6メートルほどの細道でした。
時は明治時代。大阪の経済発展に伴い、南北を結ぶ幹線道路の必要性が高まりました。しかし、当時の御堂筋は道幅が狭く、交通のボトルネックとなっていたのです。
そこで、大阪市は1926年(大正15年)から大規模な道路拡幅工事に着手。沿道の建物を立ち退かせ、道路幅を現在の約44メートルまで広げるという、大胆な都市計画を実行しました。
この工事は、当時の大阪市長、関一(せき はじめ)の強いリーダーシップのもとで進められました。関市長は、「将来の大阪のためには、多少の犠牲はやむを得ない」という信念のもと、反対意見を押し切って工事を強行したと言われています。
工事は難航を極めましたが、1937年(昭和12年)に完成。現在の御堂筋が誕生しました。その結果、大阪の交通事情は劇的に改善され、御堂筋は大阪を代表するシンボルロードとして、今もなお多くの人々に利用されています。
ちなみに、御堂筋という名前は、沿道にある北御堂(本願寺津村別院)と南御堂(真宗大谷派難波別院)という二つの寺院に由来します。
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